書斎から広場へ:現代書道における「大モップ体」の現象学的考察と文化社会学的分析

要旨

21世紀の東アジアにおける書道の景観の中で、「大モップ体(Da Dunbu Ti / Giant Mop Style)」と呼ばれる書写パラダイムが急速に台頭している。このスタイルは、伝統的な「聚鋒(筆先をまとめる技法)」を放棄し、極端な「散鋒(筆先を散らす技法)」の効果を追求することを核心的な特徴としている。その書写用具は往々にして巨大であり、モップ(墩布)のような形状をしており、筆致は扁平で、時には破砕した飛白の形態を呈する。この現象は伝統的な書道界からは「醜書(悪書)」や「江湖書道(野流の書)」として批判されることが多いが、商業パフォーマンス、マスメディア、そして若者のサブカルチャー(日本の「書道パフォーマンス甲子園」など)においては、かつてないほどの受容を見せている。

本報告書は、「大モップ体」に対する網羅的な解剖を目的とする。我々は単一的な審美批判から脱却し、技術の変遷、メディア環境、視覚心理学、および社会学の角度から、このスタイルが形成された深層メカニズムを探求する。本報告書では、「大モップ体」は単なる技術の退化ではなく、書道が実用機能を喪失した後、現代の「スペクタクルの社会(Society of the Spectacle)」と二次元的な視覚美学に妥協した産物であると論じる。日本の「今年の漢字」揮毫の儀式性、井上有一の前衛的遺産、中国現代における「吼書」の不条理、そして「筆モップ(Fude Mop)」等の新型ツールの物理的属性を分析することを通じ、本文は「大モップ体」がいかにして現代美学の寛容さを利用し、高難度の書写技術を低閾値かつ高視覚的インパクトを持つパフォーマンス・アートへと「次元縮退」させたかを明らかにする。


第1章 現象の定義:視覚的暴力としての「大モップ体」

1.1 概念の定義と形態学的特徴

「大モップ体」は学術的に定義された流派名ではなく、大衆や批評界が現代流行している特殊な書風に対して与えた形象的な総称である。物理的形態において、それは書き手が超大型の毛筆(あるいは毛筆に類似した道具)を使用し、運筆過程で筆の穂先が完全に開き、散乱し、甚だしくはねじれることで、線が伝統的な円柱状の立体感を失い、扁平な刷毛目のような痕跡となることを指す。

1.1.1 視覚的特徴のミクロ分析

伝統的な東洋の書道美学は、「骨肉停均(骨と肉のバランスが取れていること)」の隠喩の上に成り立っている。筆鋒の提按頓挫(抑揚とリズム)が線の三次元的な質感を生み出し、墨色の濃淡枯湿がその韻律を構成する。しかし、「大モップ体」はこの体系を徹底的に解体しており、その視覚的特徴は主に以下の側面に現れている。

特徴の次元 伝統的書道(Shodo / Calligraphy) 「大モップ体」(Mop Style) 視覚心理効果
筆鋒の状態 聚鋒(Jufeng):運筆中、穂先が円錐状を保ち、線の縁は滑らか、あるいは強靭さを有する。 散鋒(Sanfeng):穂先が完全に散開し、扇面や箒状になり、線の縁が破砕している。 散鋒は線の「指向性」を消解し、テレビの砂嵐や漫画の爆発線に似た、ノイズに満ちた視覚的張力を生む。
墨色の質感 墨韻(Bokushoku):「墨に五彩あり」とされ、乾湿濃淡が自然に推移する。 過度な飛白(Excessive Feibai):筆頭の保水能力と運筆速度の矛盾により、線が広範囲にわたり枯渇状を呈する。 この枯渇感は現代の文脈で「蒼茫」や「老辣」と誤読されがちだが、実際は道具の物理的特性が露呈したものである。
空間構成 計白当黒:余白(白)を墨(黒)と同様に意識し、構図のバランスを重視する。 空間恐怖(Horror Vacui):巨大な筆致で空間を埋め尽くす傾向があり、画と画が頻繁に癒着する。 この圧迫的な構図は、屋外広告や舞台背景の「高視認性」の需要に迎合し、可読性を犠牲にしてインパクトを得ている。

1.1.2 典型的ケース:清水寺からバラエティ番組の舞台まで

「大モップ体」が最も直感的に展覧される場は、日本で毎年行われる「今年の漢字」発表の儀式であろう。清水寺の貫主、森清範がその巨大な筆を振るって「密」や「税」の字を書く際、筆頭があまりに重く、かつ吸墨量が巨大であるため、落筆の瞬間には往々にして墨汁の飛散と穂先の崩壊を伴う1。巨大な和紙の上で揮毫を完遂するため、書き手は全身の力を使って引きずらざるを得ず、その結果、起筆と収筆の箇所には象徴的な「モップ状」の散鋒が現れる。

このスタイルは宗教儀式の専売特許ではない。日本各地の「書道パフォーマンス甲子園」(Shodo Performance Koshien)では、高校生たちが揃いのユニフォームに身を包み、激しいJ-Popに合わせて巨大な「筆モップ」を手にし、数十メートル四方の紙面上で集団創作を行う。ここでは書の「可読性」は二の次となり、代わって「感動」という名の情動的体験(Affective Experience)が主役となる。観衆は少女たちが大筆を振るう汗と姿に歓声を送り、最終的に提示される墨痕鮮やかで筆画の散乱した文字は、この青春の祭典における視覚的トーテムとなる2

中国において、この現象はより不条理な形式で現れる。曾翔らを代表とする「醜書」の実験や、ネット上で流布する各種の「吼書(叫びながら書く)」、「射墨(注射器で墨を飛ばす)」などのパフォーマンスは、その芸術的訴求こそ日本の青春書道とは異なるものの、道具のレベルでは異口同音に「大モップ」的な表現を選択している。書き手はモップ大の巨筆を手にし、巨大な宣紙の上で咆哮し、転げ回り、筆下の線は支離滅裂となる。この極端な「大モップ体」は、書道というよりは、水墨を媒体としたパフォーマンス・アートと言うべきであろう3

1.2 物理的基盤:道具決定論の視点

「大モップ体」の形成を理解するには、まずその物質的基盤を解剖しなければならない。マクルーハンが「メディアはメッセージである」と言ったように、現代書道においては「道具こそがスタイル」である。

1.2.1 「筆モップ」の材料学的解析

伝統的な毛筆(狼毫、羊毫、狸毫など)は、動物の毛のキューティクルによる自然な摩擦力と弾力(腰)に依存して「万毫斉力(全ての毛が協力して働く)」を実現する。しかし、書写のスケールが「パフォーマンス級」に拡大された時、伝統的素材は物理的限界に直面する。

直径15センチを超える伝統的な羊毫筆は、墨を十分に吸うと重量が5キロを超えることがあり、また羊毫は長距離の運筆において容易にへたり込み、復元しなくなる。この問題を解決するため、現代のメーカーは専門の「パフォーマンス用大筆」、あるいは率直に「筆モップ(Fude Mop)」と称する製品を開発した4

梶谷産業などのサプライヤーの製品データによれば、これらの道具は顕著な異質性を有している。

  • 素材の代替:多くの安価なパフォーマンス大筆は動物の毛ではなく、ナイロン、ポリエステル繊維、甚だしきは綿のモップヘッドを改造して使用している。人造繊維は天然のキューティクルを欠くため保水力が乏しく、墨液は急速に溢れ出し(起筆部の墨溜まり)、その後急速に枯渇する(行筆中の過度な飛白)。
  • 構造の欠落:伝統的な大筆(「抓筆」など)は大きくとも筆柱と被毛の構造設計を持つ。しかし「筆モップ」は往々にして繊維の束を単純に結束しただけであり、内部の支持構造を欠く。これにより書き手は精細な提按(押し引き)を行うことができず、「引きずる、擦る、掃く」という動作によって痕跡を生み出すことしかできない5

1.2.2 媒体の変遷:合成紙と地面への書写

「大モップ体」の流行は、書写媒体の変化とも密接に関連している。伝統的な生宣(宣紙)は吸水性が極めて高く、かつ質地が脆弱である。「モップ」を使って生宣に書けば、巨大な含水量によって紙は瞬時に破れてしまう。

そのため、現代のパフォーマンス書道では、特製の「書道パフォーマンス用紙」や合成紙が多く採用される。これらの紙は通常、ドーサ引き(滲み止め)処理が施されており、吸水性が低く靭性が強いため、大筆の反復的な摩擦に耐えることができる6。しかし、この低吸水性は墨汁を紙面に浮かせ、伝統書道における「力透紙背(力が紙の裏まで通る)」という入木三分のような感覚を阻害し、かえって筆触の浮薄さと扁平感を助長し、「大モップ体」の視覚的特徴をさらに強化することとなる。


第2章 技術的背景:実用性の消解と制約の解除

「大モップ体」の興隆は、書道技術のロジックにおける根本的な断絶を象徴している。伝統書道が「調鋒(穂先を整える)」と「聚鋒(穂先をまとめる)」を重んじるのは、その底流にある論理が連続書写の効率性とテキスト記録の実用性にあるからだ。これらの制約が近代性によって解除された時、「散鋒」は一種の技術的ミスから、一つのスタイル上の選択肢へと異化した。

2.1 伝統的論理の瓦解:「連続記録」から「瞬発的爆発」へ

毛筆が主要な筆記具であった時代、効率は第一原則であった。趙孟頫が一日に一万字を書いたとして、もし一画ごとに散鋒していれば、頻繁に手を止めて「掭筆(筆を整える)」する必要があり、書写の連続性を深刻に阻害したはずである。したがって、伝統技法における「中鋒用筆」や「殺紙(紙に食い込む運筆)」は、本質的には毛筆の弾性を利用して運筆中に自動的に復位(自律回復)させ、それによって連続書写を実現するためのものであった。

しかし、現代の文脈において、毛筆は実用領域から完全に撤退し、純粋な創作あるいはパフォーマンスの道具へと転化した。

  • 効率はもはや制約ではない:創作者はもはや『祭姪文稿』を一気に書き上げる必要はない。現代のパフォーマンスは、往々にして単字(「夢」、「龍」、「魂」など)や極めて短いフレーズに焦点を当てる。
  • 「一字一蘸(一字ごとの墨継ぎ)」の合法化:たとえ一字書き終わるごとに筆鋒がモップのように乱れても、作者には再び墨をつける、あるいは巨大な墨バケツの縁で筆を整える十分な時間がある。この時間構造の変化により、「散鋒」はもはや書写を妨げる技術的故障ではなくなり、書き手は視覚的インパクトと引き換えに「破壊的」な筆法を無制限に使用できるようになった。なぜなら、彼らは次の文字への連続性に対して責任を負う必要がないからである7

2.2 井上有一の遺産と誤読

「大モップ体」の芸術的合法性を論じる際、日本の戦後前衛書家、井上有一(Inoue Yuichi)に言及することは避けられない。彼は現代の「大筆書写」の精神的教父と見なされており、その作品『貧』や『噫横川』などは、確かに一種の「モップ」的な荒々しさを呈している8

しかし、井上有一の「散鋒」と現在の「大モップ体」には本質的な違いがある。

  • 哲学的な苦行 vs. 商業的な狂喜:井上有一の書は、伝統書壇の硬直した体制への反逆、および第二次世界大戦のトラウマに対する身体的表現に基づいている。彼が凍った墨やボンドを使用し、あるいは裸足で紙の上を走り回ったのは、実存主義的な格闘を行っていたからである。彼の「散」は、精神崩壊の縁における真実の記録であった。
  • 形式の流用:現在の「大モップ体」のパフォーマーは、往々にして井上有一の形式的外殻――巨大な筆、飛び散る墨、誇張された動作――のみを流用し、その内にある痛みや批判性を排除している。この「脱文脈化」された流用は、前衛芸術の過激な姿勢を消費主義的な安全なスペクタクルへと転化させた。曾翔らの「吼書」が形式上は前衛書に近似していながら、深層的な哲学的裏付けを欠くために、滑稽な模倣へと堕しやすいのはこのためである3

第3章 流行の要因:なぜ「大モップ体」に収斂するのか?

技術的制約から解放され、現代書道は理論上無限の発展方向を持っているはずだが、なぜ最終的にこのような粗野で、扁平な、モップで塗りたくったようなスタイルに大量収斂したのか? 本報告書では、これは主に審美の変遷、パフォーマンスの性質、およびマーケティング戦略という三つの力によって駆動されていると考える。

3.1 審美の変遷:漫画的視覚と不確定性への崇拝

現代の受容者、特に書道パフォーマンスの主要な消費者層である若い世代にとって、視覚的経験の源泉は『蘭亭序』や『顔勤礼碑』ではなく、長期間浸りきった漫画(Manga)、アニメ(Anime)、および現代グラフィックデザインにある。この視覚的習慣の世代交代は、潜在的に「線」に対する審美知覚を作り変えた。

3.1.1 スピード線と「散鋒」の同型性

漫画言語において、スピード感や力強さを表現するために、絵師はしばしば密度の高い排線(集中線 / Speed Lines)やノイズを伴う爆発効果線を使用する。

  • 視覚的同型性:「大モップ体」が生み出す「散鋒」の線は、ミクロ構造上、無数の微細で平行な糸状の墨痕によって構成されている。この構造は漫画における「スピード線」と驚くほど類似している。『NARUTO -ナルト-』や『ONE PIECE』を見て育った世代にとって、この「散乱」した線は粗雑さを表すものではなく、「速度」、「力」、「衝撃波」として直接デコードされる9
  • スーパーフラット(Superflat):村上隆の「スーパーフラット」理論は、日本の視覚文化が三次元的な深さを塗りつぶす傾向があることを指摘している。「大モップ体」は伝統書道における円柱状の立体的な線を、二次元の平面的な色面へと押しつぶしており、これはまさに「スーパーフラット」の視覚論理に合致し、ロゴやTシャツの図案、舞台背景へと転化されやすい特性を持っている10

3.1.2 「Kawaii」文化の逆説的表現

日本文化における「Kawaii(カワイイ)」は、単に甘美さを指すだけでなく、「不器用さ」や「未完成感」への包容力も含んでいる。70年代に日本の女子学生の間で流行した「丸文字」は、伝統的な書道規範への反逆であった11。現代の「大モップ体」は、ある意味でこの反逆精神の男性化、あるいは野性化バージョンであると言える。それは故意に「拙(つたなさ)」や「乱れ」を提示することで、エリート書道の厳格さと抑圧に対抗しており、この「不完全なリアル感」は、秩序の打破を渇望する現代人の心理的欲求に見事に合致した。

3.2 パフォーマンスの性質:「机上」から「広場」へ

現代書道は空間的な転回を遂げた。書斎の中での私的な対話から、広場における公共のスペクタクルへと変化したのである。

3.2.1 スケールの暴政

「書道パフォーマンス甲子園」のようなイベントにおいて、書写は体育館や野外広場で行われる。観衆と書き手の距離は数十メートル離れていることもある。

  • 視認性の原則:このような距離において、趙孟頫式の精妙な提按は完全に見えなくなる。動作の振幅が極めて大きく、線が極めて太く、墨汁が飛び散る「大モップ体」だけが、遠距離において十分な視覚的刺激を生み出すことができる。
  • 身体の劇場:ここでは毛筆は事実上、演技の小道具(Prop)へと退化している。書き手は書写過程の視覚的空白を埋めるために、身体を誇張してくねらせ、甚だしきは大筆の上で跳躍し、転がらなければならない。本物の「モップ」や特製の「筆モップ」はその巨大な体積ゆえに、この身体パフォーマンスの最良の延長となる2

3.2.2 音楽とリズムによる支配

現代の書道パフォーマンスは通常、テンポの速いBGMを伴う。伝統書道のリズムは内在的で呼吸に合わせるものだが、パフォーマンス書道のリズムは外在的でビートに合わせるものである。音楽の強拍(アクセント)に合わせるため、書き手は腕を急速に振る必要があり、この高頻度かつ爆発的な動作は、必然的に筆鋒の散乱を招く。BGMこそが「中鋒」を殺したと言っても過言ではない。

3.3 参入障壁の低下:「狂」を以て「拙」を覆うマーケティング戦略

審美とパフォーマンスの需要に加え、経済合理性とマーケティング戦略も「大モップ体」氾濫の重要な推進力である。

3.3.1 技術の次元縮退と即成

伝統的な「調鋒」と「運筆」は、極めて高度かつ長期にわたる筋肉の記憶訓練(いわゆる「冬練三九、夏練三伏」)を必要とする。それに比べ、「大モップ体」は精細なコントロール能力をほとんど要求しない。

  • 許容率:「散鋒」体系の下では、厳格な起筆、行筆、収筆の規範はもはや存在しない。線の破砕はスタイルとして解釈され、構造の不均衡は創意として解釈される。これは書道への参入障壁を劇的に下げ、幼少期からの訓練(童子功)を持たない愛好家や芸能人でさえ、短期間の突貫訓練によって「凄そうに見える」書写方法を習得することを可能にした。
  • 道具依存:特製の「筆モップ」と合成紙を使用すれば、ほぼ誰でも強烈な視覚的インパクトを持つ痕跡を塗りつけることができる。これにより、書道教室は「パフォーマンス型書家」を急速に量産することが可能になった。

3.3.2 トラフィック時代の視覚的奇観

ショート動画(TikTok, Douyin)の時代において、アルゴリズムは瞬発的な爆発力を持つ視覚コンテンツを優遇する。老紳士が机に向かって端正に楷書を書く動画の完遂率(視聴維持率)は、パフォーマーがモップを持って地面で狂ったように叫び舞う動画には遠く及ばない。

  • 審醜のボーナス:中国の世論が「醜書」に注目するように、論争そのものがトラフィック(アクセス数)となる12。マーケティングを理解しているが深い基礎を持たない人々にとって、「大モップ体」は高難度の技術障壁を回避し、誇張された身体言語と視覚的奇観を通じて直接的に注目を勝ち取るための近道なのである。

第4章 深層分析:異なる場における「モップ」の変種

この現象をより精確に理解するために、異なる文化文脈における変種を比較分析する必要がある。

4.1 日本:青春の宣泄と部活動文化

日本において、「書道パフォーマンス甲子園」に代表される「大モップ体」は、顕著な集団主義と青春のナラティブ(物語)という特徴を持つ。

  • データの裏付け:関連統計によれば、この種のパフォーマンスに参加する高校書道部の数は過去20年間で著しく増加しており、新興のキャンパス文化となっている13
  • スタイル特徴:ここでの「大モップ」による書写は、個人の芸術的表現を追求するものではなく、チームの整然とした統一感と青春の活力の提示を追求する。文字内容は多くの場合、励ましのスローガン(「絆」、「夢」、「飛翔」など)である。筆触の乱れは青春の熱血の象徴と見なされ、甲子園球場の土と同等の記号的価値を持つ。
  • 道具産業:この活動を取り巻くように、日本ではすでに成熟した「筆モップ」のサプライチェーンが形成されている。カラー墨汁から防水パフォーマンス用紙に至るまで、すべての道具はこの特定の美学スタイルを確立するために最適化されている14

4.2 中国:伝統の解体と権力のゲーム

中国の文脈において、「大モップ体」は書道界の権力場および反体制感情とより深く関わっている。

  • 「醜書」論争:中国書法家協会(CCA)は公式の権威として、長期にわたり審美基準を主導してきた。曾翔、王冬齢(乱書)らを代表とする「現代書法」の実験は、極端な道具(大筆、モップ)と極端な動作(絶叫、踏みつけ)を通じて、この権威に挑戦しようとしている12
  • 民間の江湖:公園での地書(水書)コミュニティでは、多くの定年退職者が自作の大きなスポンジ筆を使って地面に書いている。この「民間大モップ体」は使用道具において前衛芸術家と似ているが、その核心は往々にして古典碑帖の通俗的な模倣であり、独特の民間の創造性と非営利性を有している15

4.3 西洋:抽象表現主義の残響

西洋の視野において、「大モップ体」はしばしば東洋の「アクション・ペインティング(Action Painting)」として誤読される。

  • 文化の誤訳:西洋の批評家は、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock)やフランツ・クライン(Franz Kline)の理論を用いて東洋の大筆書写を解読し、それを純粋な抽象構図と身体運動として見なす傾向がある7。この解読は東洋の創作者にフィードバックされ、彼らは国際アート市場の好みに迎合するために、文字の可読性をより大胆に剥ぎ取り、「モップ」のような塗抹効果を強化するようになった。

第5章 結論と展望

「大モップ体」の流行は、決して書壇における偶発的なノイズではなく、筆先に現像された時代精神そのものである。それは伝統的な書写道具が実用機能を喪失した後、現代のスペクタクル社会、二次元的視覚美学、および商業的トラフィックの論理に直面した際に生じた、劇的かつ無力な形態適応である。

5.1 歴史的位置付け:一種の「次元縮退」的進化

篆書から隷書への移行が書写効率の進化であったとするならば、伝統書道から「大モップ体」への移行は機能の次元縮退である。それは書道を、文学・哲学・技法を包含する高次元の芸術から、純粋に視覚的インパクトを追求する低閾値のパフォーマンス・アートへと次元を下げた。それは現代美学の寛容さ(「悪」趣味の受容)と視覚文化の慣性(漫画的誇張への愛好)を利用し、書道の評価体系を再構築したのである。

5.2 弁証法的評価

  • 消極的側面:それは確かに大衆の書道技法に対する認識を粗野なものにした。「散鋒」が主流となれば、本来精妙であった「中鋒」の技術は失伝の危機に瀕する。書の神性は消解され、娯楽産業の付属物へと堕落する。
  • 積極的側面:別の角度から見れば、「大モップ体」は書道の受容者の境界を極大に拡張した。それは書道を博物館のガラスケースの中から連れ出し、体育館、テレビのバラエティ、そしてショート動画のフィードへと参入させ、若者が喜んで参加し消費する文化産品とした。「筆モップ」メーカーが言うように、それは書を「生きた」ものにしたのである。もっとも、その「生」は伝統的な魂の一部を犠牲にした代償として得られたものではあるが。

5.3 今後の展望

AR/VR技術の発展とメタバース概念の台頭に伴い、未来の書道パフォーマンスは物理的実体からさらに乖離する可能性がある。「整えられていないモップを使って地面を塗る」という物理的感触は、仮想空間におけるより誇張されたデジタル筆致へと転化するかもしれない。「大モップ体」は、書道が純粋な視覚記号へと進化する過程における一つの過渡的形態に過ぎないのかもしれない。

最終的に我々は認めなければならない。「大モップ体」は粗悪と見なされようとも、我々の時代の不安、狂躁、そして瞬間の注目度に対する極度の渇望をリアルに反映している。それは書の堕落ではなく、書の現代的鏡像なのである。


付録:データおよび参考資料裏付け表

資料番号 核心内容 報告書適用章節
1 日本の今年の漢字「密」の書風と現場の記述 1.1.2 典型的ケース
26 直径40mm、長さ600mmの「大筆」規格データ 1.2.1 道具解析
9 ガラス繊維を含む強化紙、書道パフォーマンス専用紙の特性 1.2.2 媒体の変遷
2 書道パフォーマンス甲子園の起源、規模および青春文化属性 3.2.1 パフォーマンスの性質
13 井上有一の書風評価および現代の模倣者との区別 2.2 井上有一の遺産
4 曾翔の「吼書」および中国書協による「醜書」批判 3.3.2 マーケティング戦略
17 村上隆の「スーパーフラット」理論とアニメ審美 3.1.1 審美の変遷
14 漫画の「スピード線」と「爆発効果」の視覚的特徴 3.1.1 視覚的同型性
23 北京の地書(水書)の民間性と創造力 4.2 中国の文脈

参考文献


  1. 最早評選“年度詞彙”的機構今年首次沒有選出一個詞 - 中国青年报. http://zqb.cyol.com/html/2020-12/17/nw.D110000zgqnb_20201217_1-09.htm ↩︎

  2. KAWAII CULTURE FROM JAPAN. https://www.gov-online.go.jp/en/assets/hj_october_2025_all.pdf ↩︎ ↩︎

  3. Zeng Xiang – (not) being ugly - China Creative. https://chinacreative.humanities.uva.nl/zeng-xiang-not-being-ugly/index.htm ↩︎ ↩︎

  4. パフォーマンス用筆モップ(中) | 大筆書道パフォーマンスの事なら梶谷産業にお任せ下さい. http://www.fudemop.com/bon-midd2.html ↩︎

  5. 筆モップ (フラット毛先タイプ) | 大筆書道パフォーマンスの事なら梶谷産業にお任せ下さい. http://www.fudemop.com/kaigai/bon-flat.html ↩︎

  6. 書道パフォーマンス用大きな紙、筆、墨 - 書道用品通販の半紙屋e-shop. https://www.togawaseishi.com/SHOP/142892/list.html ↩︎

  7. Breaking through the Traditional barrier: the Performability of Asian Action performance Calligraphy. https://bcpublication.org/index.php/SSH/article/download/670/650/643 ↩︎ ↩︎

  8. 前衛書道の分析とその考察. https://hbg.repo.nii.ac.jp/record/2000288/files/57-06.pdf ↩︎

  9. Speed Graphic Design vectors - Shutterstock. https://www.shutterstock.com/search/speed-graphic-design?image_type=vector ↩︎

  10. Murakami Artwork - American Fine Art Inc.. https://americanfineartgallery.com/murakami-artwork ↩︎

  11. The Power of Cute: How Japan's Kawaii Culture Conquered the World - GLOBIS Europe. https://globis.eu/the-power-of-cute-how-japans-kawaii-culture-conquered-the-world/ ↩︎

  12. Calligraphy needs no sensationalizing to make it appealing - Opinion - Chinadaily.com.cn. https://www.chinadaily.com.cn/a/201807/23/WS5b551a66a310796df4df7f56.html ↩︎ ↩︎

  13. Cilt 1 / 2018 - ResearchGate. https://www.researchgate.net/profile/M-Tekin-Kockar/publication/351456155_Folklor_Akademi_Dergisi_Cilt_1_-_Sayi_2_2018/links/60992f25a6fdccaebd1f7944/Folklor-Akademi-Dergisi-Cilt-1-Sayi-2-2018.pdf ↩︎

  14. パフォーマンス用紙はこちらです - 筆モップ. http://www.fudemop.com/kami.html ↩︎

  15. Full article: Locating vernacular creativity outside the 'urban cool' in Beijing: ephemeral water calligraphy - Taylor & Francis Online. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09502386.2021.2011934 ↩︎